
新たな趣味がギャンブル依存の入口
大学に入り、小学生から高校生まで打ち込んでいたテニスをまったくしなくなり、大学の勉強もあまり面白くなく打ち込めるモノがなかった頃は熱が冷めたような生活を送っていた。
まあ、この時期が人生の分岐点だったのかもしれない。
この時期に出会った趣味が違ったら全く異なる現在があると思うのだけれど、パチンコパチスロが趣味になった事は全く今でも後悔してないし、むしろ最高の趣味に出会えたと思っている。
なぜなら、後にこの経験が趣味をお金に換えるという、これからの時代に重要な経験を世の多くの人達より先に体験できたからである。
適当に遊べばパチンコパチスロは1時間あたり2千円くらいかかる贅沢な遊びを5年近くも続けていたのだけれど、そこから学び取った価値は大きい。
この記事で
- パチンコを打ったきっかけ
- 徐々にパチンコにのめりこんでいく恐怖
- 常にパチンコパチスロ中心の生活
負け組時代の苦悩を紹介する。
パチンコを打ったきっかけ
僕はパチンコを始めるまではギャンブルを一切しない人間だった。
というのも、僕がまだ3歳くらいの時に離婚した父親がギャンブル依存で飛んだというのを親族から散々聞かされて、ギャンブルに対して非常に強い嫌悪感を抱いていたのだ。
だから、子供時代にたとえお金を賭けないトランプゲームなどであっても輪に加わって遊ぶ気にはならなかったのを憶えている。
パチンコを打つきっかけとなったのは、中学の後輩からの誘いを何度も断ったあげくということになる。
ただ、ここで疑問が一つ。
何故、ここまで嫌いなギャンブルを始めたのか。
それは、当時熱中できるものがなく僕自身フラフラしていて意思が弱くなっていたのと、未体験の事をしたいという気持ちと、父親の人生が狂ったパチンコを真正面から向き合ってみたいという様々な要因からだと思う。
徐々にパチンコにのめり込んでいく
僕が初めて打ったパチンコは甘デジの北斗の拳だった。人生の初のパチンコで当たりを引きこれまで味わったことのない楽しい感覚があった。
1回目は誘われた中学の後輩と行ったのだが、2回目のパチンコはまだ日が浅くしかも1人で行ったのだ。
そして、ビギナーズラックとかいうパチンコ依存症確定となる出来事が起こる。
なんと、10万円超という大勝ちをしたのだ。
仕組みはなんだかよくわからんけど、財布に10万円増えていてSEXと同じくらいとても気持ち良かったのを今でも忘れない。
気付けば、暇とお金があればパチンコ店に入り浸っていた。
常にパチンコパチスロ中心の生活
パチンコについて調べれば調べる程楽しさは増していった。
パチスロに関しては難しそうな先入観がありやるのを躊躇していたのだが、どっかのタイミングでやり始めてからはパチスロについても調べるようになりすぐに嵌っていった。
寝る時間以外、バイト中も大学にいる間も彼女と過ごしている間も常にパチンコパチスロの事を考えるようになっていた。
それが原因で何度彼女に振られた事か(笑)
それが原因で何度バイトの給料直後にお金を溶かしたか(笑)
そんな生活を5年近く送っていた負け組時代。
そんな僕に転機が訪れたのが25歳の時である。